-Continuous Improvement-

2008年10月1日水曜日

親友

今日で夏休みも終わり。この夏はいろんなことがあったな。

10ヶ月ぶりにいくつかインターン行ったり、半月以上も東京に滞在したり。

そして親友と一生の別れを体験した。



あまりにも唐突で早過ぎる別れをどう捉えていいのか俺にはまだわからない。

わからないとか情けない話だけど、どうしたらいいのか誰かに聞くなんてもっと情けない事もしたくない。

何か自分の構成要素の中の大事な一つがなくなった虚無感を感じるし、ちょっとしたことであいつのことを思い出して自然と涙が出てくる。

毎日毎日暇つぶしに電話してあほなことを話したり、お互いの将来の夢について語ってた。

あいつからの着信履歴はいつも残ってたはずなのに、もう今は一件も入ってない。



昨日、ウィルコムでツレに電話しようとしたら、まだあいつへの発信履歴が残ってる事に気づいた。

「おめぇこんなとこでアピールすんなよ。忘れたくないし忘れねぇよ。」

って電話したくなった。



でもね、もう彼とは電話できないんです。

一緒に飯食いに行ったりお茶する事も、あいつが俺の家に泊まりに来る事もない。

この日記を見てるみんなとは当たり前に出来る事が出来ないんです。



「たら」「れば」なんてないってよく言うけど、こういうときになってやっと実感する。

あのときに戻る事ができ「たら」、あいつにありがとうって伝えたい。

あのときに戻る事ができ「れば」、あいつの将来の夢をもっともっと聞きたい。

たくさん思いつくけど、「たら」「れば」なんてない。



彼のお母さんが最後に言ってた。

「息子は毎日後悔のないように生きてるって言ってました。」

俺たちはそんなあいつの分までもっと今を大事にしないといけないし、
癒える事のない痛みを抱えているならいっそのこと引き連れていけばいい。

彼の分まで100倍人生を楽しんで、将来の夢も俺たちが彼の代わりに達成してやればいい。



以前の日記にも書いたけど、天国って後に残った人が作るものだと俺はずっと思っている。

彼の事をどれだけ想うのか。
彼の想いをどれだけ引き継ぐのか。
彼がやりたかったことを俺たちがどれだけ実現させるのか。
そして、どれだけ俺たちが毎日を一生懸命に生きるのか。



もっともっとありがとうって伝えたかったし、もっともっと一緒にあほなことしたかった。

なんで行っちゃったんだよって怒ってやりたい。

でも、一言だけ伝えられるならやっぱり「ありがとう」って言葉しか思いつかないんだよな。

最後も「ありがとう、また会おうな。」って伝えた。

俺の想いは届いてんのかなー。



いつまでもメソメソしててもあいつに怒られるだけだから、今日からまた頑張っていこう。

「たら」「れば」なんてない。

だから今を、家族を、友達を、先輩を、後輩を、大好きなみんなを大切にして生きていこう。

自分の想いをぶつけまくって、周りの人を感動させる人生にしよう。

いつもお母さんを大切にしていたあいつが教えてくれたことだから。



みんな、見てて下さい。

俺、頑張っちゃいます。

先に行っちゃった親友の分まで一生懸命生きていきます。

「ダメじゃんおまえ」って思ったらガンガン叱って下さい。

そして、みんなも後悔のない素晴らしい一日を。





真輝、今までほんまにありがとう。





-R.I.P.-

4 コメント:

Lind@pj さんのコメント...

年上の人を見送るのと違って
友達の旅立ちは、向こうでも元気でね!と
うまくいえないですね。

飛行機事故で同じ歳の友人が逝ってしまったとき
ご両親と話すのがとてもつらく
私はあの夏、涙を喉でとめるのがうまくなりました。

天国とは電話もメールもできないし
この地球の果てまで歩いても
お友達には会えない。

どんなにか今、淋しいでしょう。

愛する人を見送るたび
出逢うことの意味を思います。

これから出逢う本が楽しみですね。
それがお友達からの
天国からの
メッセージかもしれませんものね。

りんだ
xxx

ありこ さんのコメント...

お久しぶりです。
しばらく更新ないな、と思っていたらつらい想いをされていたのですね。
私にはまだtakathyさんのような経験はないのですが、私の親友のお母さんが亡くなったときのことを思い出しました。
親友である彼女は元々うつの症状を持ってる子で、お母さんの闘病生活に精神的にぎりぎりのところで生活をしていました。当時彼女がお母さんの話を、目に涙をためて語ってくれていた姿は忘れられません。
でも、お母さんが亡くなってから約2年後に、彼女はお母さんを看取った病院で新しい命に恵まれました。ちょうど一年前の話です。
それからの彼女は母としてたくましく、以前のうつの症状も見る影ありません。私は彼女は変わったんだな、と思いました。
亡きお母さんが彼女の一部になって、彼女を変えてくれたんだと思います。
私をはじめ、彼女を取り巻く人たちは、彼女とそして愛息子を通してお母さんに会うことができます。とても穏やかで、あったかい空気がそこにはあります。

今takathyさんをはじめ、周りの方々はとても悲しく、つらい想いを抱えていることと思います。
でも、takathyさんのように、「一生懸命生きていく」と思ったときから人は変わっていけるのではないかと思います。
そうしたら、takathyさんに真輝さんのご両親やご友人は真輝さんの姿を見ることができるのではないでしょうか。
どうかtakathyさんがあったかい空気を作り出してあげてください。いつでも真輝さんには会えるんだと元気づけてあげてください。

人にだけ「がんばれ」と言うのは好きではないので、私も一生懸命生きます。がんばりましょう!!

これからも更新楽しみにしてますね。

TAKASHI MIYASHITA さんのコメント...

>りんださん

お久しぶりです。
コメントほんとに嬉しいです。
いつもありがとうございます。

友人は海外での事故で亡くなったのですが、日本を出るときに私に電話をくれていました。
忙しくてすぐに切ってしまったのが悔やまれます。
彼は母子家庭で育っており、最後にお母さんとお会いしたときにお話するのがとてもつらく、
でも、私は我慢できずに悔しくてずっと泣いていました。
涙を止めるのはすごく下手です。

今も仲が良かった友達はみんなふとした瞬間に彼の事を思い出し、悲しい想いをしていると思います。
でも、いつまでたっても悲しい顔をしていたら彼に怒られそうですね。
みんなの心の中のアルバムをしっかりと留めていたいです。

りんださんがおっしゃるように彼からのメッセージがどこかにあるんだと思います。
それもきっとたくさんあるんだと。
だからこれから出逢うもの全てが楽しみです。
今はまだ彼からのメッセージを全て受け取る事が出来ないですが、
これから少しずつ彼の想いを受け取って形にしていきたいです。

季節の変わり目、りんださんもお仕事がお忙しくなっているようですが、くれぐれもお体ご自愛くださいね。
本当にいつもありがとうございます。

takathy

TAKASHI MIYASHITA さんのコメント...

>ありこさん

先日の日記の返信が遅れてしまい、大変申し訳ございませんでした。
いつも素晴らしいコメントをどうもありがとうございます。
目に涙を浮かべながら読みました。

きっとその方は一生懸命に毎日を過ごしてきたからこそ、今すごく輝いているんでしょうね。
悲しみや辛い出来事を乗り越えて、故人と今を一緒に生きることが私たちに出来ることなのかなと思いました。
もちろんありこさんをはじめ、周りの方々のサポートがあったからこそ、
その方も変わったのでしょう。

私も彼の家族や友人にとってそういった存在でありたいと思います。
そのためにも彼がやり残したことや夢の一部を共有して、
私たちが成し遂げていきたいです。
「喜びの源となり、幸せの源となり、感動の源となる」というのが私の人生の目標なんですが、
ありこさんがおっしゃるようにあったかい空気を作り出すことがまさにそれですよね(^^)
一生懸命頑張っていきます!

ありこさん、本当にいつもありがとうございます。
ますますご健康でご活躍のほど、陰ながらお祈りいたします。
これからもどうぞ宜しくお願い致します。

taktahy