-Continuous Improvement-

2009年2月26日木曜日

[日記]プリンシプル

勉強したい。

もっともっと自分と向き合いたい。

アウトプットとして昇華させたい。



おととい、ロシア人の友達とお茶してたんだけど、俺ってもっともっと日本のこと、世界のいろんな文化・慣習とかを勉強する必要があるなって感じた。

まぁこれとも関連して、昨日ご年配の方(Aさん)とお話しする機会があったんだけど、すごくいい話が聞けた。
(ちなみにこの方、某メーカーの元取締役。)

忘れちゃいけないから今日はその話を書こうと思う。

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最初は日本の歴史について、彼の実体験から多くのことを教えていただいた。

その中で白洲次郎についての話が出てやたら盛り上がった。
(ちなみに白洲次郎は神戸一中出身。白洲次郎については関西では28日にNHKでテレビ番組としてやってるので、ぜひ見てほしい。)

そのあとに彼が非常に真剣な顔になって俺に語り始めた。



「私の父は今考えてみても非常に素晴らしい人間で、何事にも美意識というものを持っていた。

君が今頭の中で思い描いているような一般的な美に対する美意識ではなく、自分の中での明確な基準のことだよ。

その父から私はこのように教えられた。

『風とは自由であり、澄みきった水と共に我が国の美意識の源なのだ。

私はそれを忘れたことはないし、おまえもそれを忘れてはいけない。』

宮下君、私の父が、そして今の私が伝えたいことがわかるかな?

この言葉が意味することを今の若者たちにも伝えたい。

この言葉が恒久的なものであるのか、それとも日本人が全く進化していないのか、どちらなのかはわからない。

でも、今の若者たちに必要なことだと私は思う。」



Aさんは「人間は誰しも守るべきプリンシプルを持っているべきだ。」ってことを伝えたかったんだと思っている。

「澄んだ水のように清らかな心」を持ち、「自由闊達な風」を吹かせる。

Aさんを見て、彼の話を聞いて、俺はこう解釈した。



核になる部分を持っていなければならない。

絶対にグレーに考えちゃいけない場面がある。白黒つけないとダメな場面がある。

例えば、その人の倫理観を問うときに、最初から自分の意見を言わずに「あれもいい。これもいい。」とか曖昧な事を言って、

それを「どっちもいいっていうバランス感覚を大事にしている」とか言う人もいるんだろうけど、ただ単に明確なプリンシプルを持たず、教養がないだけだと俺は考える。

Aさんいわく、今はそうした曖昧な考えでいてもたいした影響はない。でも、10年、20年たったときにその人には誰もついて行かない。絶対に。

なぜなら、明確な「プリンシプル」を持っていない人に、「誠実さ」や凡人が持つ「偉大さ」や「高潔さ」は絶対に備わっていないから。

大企業のトップ層として活躍されていた方の考えだから説得力があるわけではなく、その人が醸成していった考えだからこその説得力があった。



「美意識」だったり「プリンシプル」だったり「信念」だったり、表現は違うけど明確なものを持ち続けたい。日本人として。

変わりゆくものと変わらないものを自分の中で区別して常に持っていようと思う。

その上で他人の考え方も認めていけたらほんとに幸せな人生だろうな。



就職活動をすると「内定」を目的として画一的で、刹那的になるんじゃないかって不安に思ってた。

でも、実際は違った。

俺が出会った何人かはただの無邪気な若者じゃなかった。
(本当にわずかではあるけれど。)

彼らは強い信念を持って、自分が守るべきもの(プリンシプル)のために生きていくという覚悟を持った、1人のリーダーだと俺は感じている。



俺なんか同年代とか年下と比べてもきっとまだまだちっちぇーんだな。

ガッツリ頑張ってこ。



そーいえばこっちは全然更新してなかったw

一区切りついたらまたしっかりと書いていこう。

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