今日は特別な日。今もまだ溢れる涙をとめられないのは、
意味づけがいつまでたってもできないから。
あの頃に描いていた未来とはちょっと違うけど、俺は生きている。
もし全てのことに何か隠れた意味があるのなら。
震災には、俺たちにとってどんな意味があるのだろうか。
15年前、外科医の父親は、
ばあちゃんと俺と妹を助けて、母親に託した。
そしたらいつの間にかいなくなってた。
助けるべき人たちが病院で待ってたから。
あのときの病院は、まるで戦争中のようだった。
「助けられる人」と「助けられない人」。
「助けられる人」を助けるために、
「助けられない人」をあきらめなければならない。
15年も前に父親から聞いたことを、今もずっと覚えている。
映画パールハーバーで「助けられない人」のおでこに
口紅で×マークをつけていくというシーンがある。
震災のときもあの戦争中と同じような状態だったらしい。
1%未満でも助かる可能性があるのなら、助けたい。
多くの医者がそう考えているだろうし、きっとそれを信じている。
でも、それができなかった。
中学の時に死にかけた父親は、
それからずっと医者になることを志して、医者になった。
そんな彼が人を助けることを
あきらめるのは本当につらかったのだと思う。
多くの人にとって1月17日はすごく特別な日。
あれから15年、毎年この日だけは俺も5:46に起きてる。
震災直後のことはあんまり覚えてない。
というより少しずつ記憶が薄れてるんだと思う。
電気のない真っ暗な街に、点々と浮かぶ赤。
すぐ近くに見える火の手が幼い俺にはちょっとおっかなかった。
家の周りの景色は日が経つにつれ、
ブルーシートの青い色で染まり、
その青が消えるのには数年を要した。
瓦礫と化した住宅地には、
電柱が折れて電線がぶら下がり、
コンクリートやガラスの破片が積もり、
ビルは外壁が崩れ落ちて剥き出しになっていた。
余震に怯えつつ街灯も民家の明かりもない中を
リュックを背負って歩く住民たち。
戦時中ってこんな感じだったのだろうか、とふと思った。
あの日を境に
「自分だけ生かされている現実」
これに苦しんだ人は数しれない。
なぜ自分が生き残ったのか、
なぜあの人が亡くならなきゃいけなかったのか・・・
答えのない苦しみ。
これを救えるのは、「時間」なのか、「言葉」なのか、「絆」なのか・・・
残されたことによって、生かされたことによって、
命をもう一回もらったと思えるまでの心の葛藤。
あの頃を過ぎ去った季節に隠す記憶なんかにしたくない。
失った大切なもの・大切な人を忘れないために。
そして、今ある大切なもの・大切な人を心から大切にするために。
今日はあの恐ろしい「阪神大震災」があった日。
今日が何の日か、しっかりと心に留めておきたい。
世界中で現在進行形で苦しんでいる人たちもいる。
だけど、今日だけは15年前の被災者たちに黙祷を。
-R.I.P.-

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